大阪高等裁判所 昭和41年(ネ)1636号 判決 1967年6月16日
控訴人 松原健 外一名
被控訴人 沢勇一
主文
一 原判決を取消す。
二 被控訴人の本件仮処分取消の申立を棄却する。
三 訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。
事実
一 控訴人らは、主文同旨の判決を求め、被控訴人は、「本件控訴を棄却する。控訴費用は控訴人らの負担とする。」との判決を求めた。
二 当事者双方の主張並びに証拠関係は、次に付加するほか、原判決事実摘示のとおりであるから、これを引用する。(ただし原判決二枚目表四行目の「松原裕」とあるのを「松原祐」と訂正する。)
(一) 控訴人らの主張
原判決末尾添付物件目録記載の建物(以下「本件建物」という。)はもと訴外松原祐が所有していたが、同人が昭和四〇年四月六日死亡しその相続財産となつた。控訴人らは訴外人の相続人として相続財産を管理するため本件建物の保存行為として本件仮処分に及んだ。その後控訴人らはそれぞれ相続放棄をしたが、民法九四〇条によつて相続人となつた者が右建物の管理を始めるまで管理を継続する義務がある。したがつて控訴人らは右管理権に基づいて本件仮処分の維持を求めるものである。
仮に右主張が認められないとしても、事務管理として控訴人らは自己の名において相続人のために本件仮処分を維持しているものであり、事務管理者は管理を継続する義務があるから、本件仮処分は従前どおり被保全権利も必要性も存在している。
なお、控訴人健は昭和四一年一〇月一五日京都地方裁判所に本案訴訟を提起し、目下同庁昭和四一年(ワ)第一〇二六号土地建物停止条件付所有権移転請求権保全仮登記等抹消登記請求事件として係属中である。
(二) 被控訴人の主張
本件仮処分は遺産の管理責任者としての仮処分ではなく、控訴人ら自身の所有権に基づいてなされたものである。したがつて控訴人が相続放棄した以上事情が変更し、右仮処分決定は被保全権利も必要性も消滅し、取消さるべきものである。
仮に本件仮処分が民法九四〇条の管理権に基づくものであつたとしても、相続放棄によつて相続人となつたと主張する後藤チイは相続後一年余りを経過し又自から本件建物につき訴訟を提起していることから、相続財産の管理を始めることができる地位にあることは明らかで、控訴人らの主張は失当である。
又控訴人らの事務管理に基づく主張も、事務管理者が自己の名でした法律行為の効果は、直接事務管理者と相手方との間に生ずるもので、当事者適格のない控訴人らが自己の名において本件訴訟行為を事務管理としてすることはできないから、右主張も失当である。
なお控訴人松原健がその主張の本訴を提起したことは認めるが、同控訴人は右仮登記等の抹消登記請求権の帰属者でないから、右本訴は当事者適格を欠く。
(三) 証拠関係<省略>
理由
一、京都地方裁判所が、控訴人らを申請人、被控訴人を被申請人とする同庁昭和四〇年(ヨ)第三六七号仮処分申請事件につき、「被控訴人は本件建物に対する京都地方法務局嵯峨出張所昭和三五年一二月五日受付第一四二一四号の登記を経由した所有権移転請求権保全仮登記上の権利につき譲渡その他一切の処分及び同出張所昭和三五年一二月五日受付第一四二一三号の登記を経由した根抵当権の実行並びにその譲渡その他一切の処分をしてはならない。」旨の仮処分決定をなしたこと、控訴人らは右仮処分申請の理由には「本件建物はもと亡松原祐が所有していたが同人は昭和四〇年四月に死亡し、控訴人らは相続人としてその所有権を取得した。」とされていること、その後控訴人松原健が昭和四〇年一一月一日控訴人松原寛が同年一二月二五日それぞれ相続放棄をしたことは当事者間に争いない。
そして成立に争いない乙一号証第四号証によると、右仮処分申請書には、「控訴人らは祐の相続人として遺産に対し各三分の一づつの持分を有しているので遺産に対する保存行為として」右申請に及んだ旨、右事件につき控訴人らが提出した陳述書には、「相続人として相続財産の保存をはかるため」右申請に及ぶ旨記載されていることが認められる。
二、相続人は相続が開始しても、承認をするとか、単独承認の法定事由が発生するまでは期待権的地位に止まり、
相続財産の帰属は不確定である。このため民法九一八条一項により相続人に対し相続開始と同時に相続財産を管理する義務が課せられている。ところで前記認定事実によると、控訴人らは松原祐の相続人として右管理義務に基づき相続財産たる本件建物を保存するため法律上の訴訟信託として右建物所有権に基づく妨害排除請求権を前提とする本件仮処分申請に及んだ(成立に争いない乙第一、二号証によると、右建物の敷地についても仮処分がなされたことが認められる。)ものであり、相続放棄後は同法九四〇条の管理継続義務に基づき法律上の訴訟信託として本件仮処分を維持しているものと解される。そして右管理継続義務は相続人となつた者が現実に相続財産の管理を始めるまで、本件においては仮処分を承継するとか申請を取下げるとかの行為に出るまで存続する。
そうすると控訴人らが相続放棄をしたこと又は成立に争いない甲第一号証によつて認められる、控訴人らの相続放棄によつて新たに相続人となつた後藤チイが被控訴人から本件建物とその敷地の根抵当権並びに所有権移転請求権保全仮登記の譲渡を受けその付記登記を経由した訴外芳司林二に対しその抹消登記手続請求の訴訟を提起したことによつて、本件仮処分を取消すべき事情の変更があつたということはできない。被控訴人の本件仮処分の取消申立は理由がない。
三 よつて原判決を取消し、本件事情変更による仮処分取消の申立を棄却し、民訴法八九条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 村瀬泰三 長瀬清澄 田坂友男)